ピンカートンは半そで、短パン
夏の練習はやはり暑〜い
今は無き、弘前第二大成小学校体育館 |
お世話になりました
≪弘前オペラ研究会20年の歩み・1991/1/14創刊≫より
新しい日の夜明け
昨年の「マダム・バタフライ」公演は、時間が経つにつれて、それが、たいへんと言ってよいくらい成功だったことが、心に沁みてきました。アメリカ・カナダでの公演をふくめて、多くの回数、このオペラを指揮し、なかには日本で蝶々夫人を歌わせたら第1人者という名手だった人の公演もやった経験のある私ですが、その非常に多くの「マダム・バタフライ」の中で、弘前オペラ研究会の公演はもっとも感動的な上演だったのではないかと思えてきました。
それは、決して、舞台上の装置をはじめもろもろ、充分な条件を完備した上演だったと言うことはできませんが、それでも、人々に感動を伝えるということでは、最上のレベルに達していたのですその感動の源泉はおそらくは、10年以上燃やしつづけた研究会会員のかたがたの情熱だったと思います。情熱が持続を生み、持続が錬磨につながり、錬磨によって獲得された一種の芸格といったものが、技術の限界を越え条件の不備をおおいつくして、人々の前に「夢の世界」を現出させたのです。私は、オペラというものは、幕が開いたとき、その向こうに「夢の世界」が現出するものだと思います。そしてその夢の中にひとつの人間の真実が見つかったとき、人々は感動に包まれます。つかの間の夢が、その瞬間、血の噴き出るような現実として生きるのです。
昨年の公演では、その種のことがおこったに違いありません。
福永 陽一郎
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